#42 開会式前日、俺たちはこんな雰囲気でした

#42 開会式前日、俺たちはこんな雰囲気でした

エピソード概要

配信時には終わっている東京五輪開会式を翌日に控えたタイミングで、あとで聴き返すためにオリンピックについての現時点での印象、Corneliusの話をしました。

Webメディアびっくりセール

小山田圭吾 - Wikipedia 

銀河ヒッチハイク・ガイド - Wikipedia 

文字起こしを見る
シェア:
おはようございます、あずまです てっとーです ユメージキャスターは個人で物を作る人の集まり ユメージクラブとして活動している あずまとてっとーが自宅からお送りするポッドキャストです 技術、デザイン、製作、表現などに関係のあるようなないようなトピックを中心に 毎週2人が気になったものを発見したことをそれぞれ持ち寄っておしゃべりします いやいやいや 知ってますかてっとーさん オリンピックもう始まってるらしいっすよ もう始まってるんでしたっけ 開会式はもうちょっと先 開会式もうちょっとなんですけど 日程見たらなんか予選みたいなやつが 今ね開会式 今録音してるのが開会式の2日前?1日前かな? 明日とかか、明日開会式なのか あ、じゃあもうアスリートの方はもう 仕上げに仕上げてるのかね やってるんですね 知らんけど うーん いやーちょっと複雑 多分リアルタイムで聞いてる人ばっかりじゃないと思うので あのー1年後2年後の人はよく分かんないかもしれないですけど あのーかなり複雑な状況になってますね そうですね もうね、なんでやってんのぐらいの感じになってますけどね うーん、もちろんコロナの話もあるし それと関係あるかないか分かんないけど いろいろ もともとはロゴのパクリ問題みたいなのがあって なんか決まりかけたロゴが1回なしになったりとか 競技場のデザインとか設計も ここがパクリじゃないかみたいな っていうところから始まった このオリンピックだったなという気はするんですけど で、過去の不祥事で辞めるとかもすごくなんか増えてしまって そうね、オリンピックについて僕が別に思ってることってそんな特にないっていうか もともとスポーツにそもそも興味がない人間なので かなり他人事として取られてたんですけど そうですね、まあ同じく まあ楽しんでる人は楽しめばいいけど 自分はまあ大河ドラマと同じぐらいの距離感で まあ映ってれば見るかもしれないし で、見たら見たでおーすごいねと思う というくらいのイメージではあったんですけど いやーでもね、スポーツの力ってすごいんですよね うーん あのースポーツの力ってすごいなと思って 見たらやっぱね、なんかこう、わーってなるというか そうですね、感動はするんですよね 強制的に感動させられるというか 人がいっぱい頑張ってんなーって なんかテレビとかで見ると 全然スポーツ興味なくても なんかこう、運命をかけた一戦みたいなやつとか テレビに流れてたりとかして それを見ると自然と なんか肉体的に こう、うおーってなるものがあり そうですよね それについてなんかこう、やだなって思ってるっていうところがあります なんて説明したいんだろうね まあでもスポーツの力とか音楽の力とか まあ言いますけど 割とそういう力じゃないですか 力っていうと権力とかの力と一緒で 人をその意思がどう思ってるかとか関係なく動かす なんていうの?フォース フォースですよね なるほど、なるほど それが発動されることに対して こう、自分の意思と関係なく 発動されることに対して なんとも言えない気持ちというか はあはあはあ それを発動させるのが好きな人は積極的に見に行くし ポルノに近いものなのかもしれない そうですね 感動ポルノとかっていう言葉もありますけど まあこうすれば人間はこう思うみたいなのが 定型文がたくさんあって それを実行する装置 っていう側面はちょっとあるかな それはある気がしますね まあでもとはいえ 動物であるということに対して 僕自身はネガティブな思いは意外にないので 人間は動物として動物らしく感動するってことに 自分自身はそういう自分を見ると ちょっと嫌だなっていうのは分かるんですけど なんか人間がそういう性質を持っていること自体に 自分は嫌な思いはしてないっていう なんかすごい変な 自分がそういう姿を見るのはすごい嫌なんだけど なんか人間がそうであることを悲しいとは思わないっていうか 変な何視点だか分かんないんですけど わかんない でも自分がスポーツを見て感動しているところを ビデオカメラで録画されてそれを見せられるのはすごい嫌だろうな それはめちゃくちゃ嫌ですね 何なんだろうな いや自己啓発セミナーを聞いて 力がみなぎっている様子とかちょっと恥ずかしすぎますね という感じなんですけど ただなんか今現状 なんていうか楽しみにしている人が周りに たまたまかもしれないけど一人もいなくて 僕も一人もいないんですよね周りに せめてなんか例えば親とかがさあ地元で オリンピックもうすぐだねって言って 東京はどう?みたいな感じで 連絡してきてなんか楽しみにしている風な感じを 伺わしたりとかすると 楽しみにしている人もいるんだなとか 思ったりするかもしれないですけど まあそんなにないですね そういやあってほしいな そういうのがコロナの前は割とあったから ありました? まああるにはあったかな 確かにチケット取るのとかも頑張っている人いましたよね 会社まだその時は行ってたし それでチケット落ちちゃったって がっかりしている人もいたかな 確かに確かに やっぱ見たいは見たいんですよね まあなんだかんだ報道とか見てても ネガティブなニュースは ちょっと水をさすニュースはあったかもしれないけど 基本的にはなんか こうやろうよって気持ちを煽ってたし その煽りもそんなにこう 唐突なものではなかったというか お祭りだしねっていう 実際そういう関連の仕事も発生してたので オリンピックのイベント絡みで 制作するっていうことは まあ本当はあったんですけど まあいろいろなくなっちゃったんですけど もうなんか今2021年の開会式を前にした 今のオリンピックの受け取られ方というか 雰囲気としてはもうなんか触れちゃいけない そうですね 呪いの塊みたいな感じ なんかやけになってるかまた触れないか ぐらいの感じですよね そうですね なんかこの雰囲気をちょっと残しておいて いやもしかしたら開会式始まったら むちゃくちゃ盛り上がって スポーツとかみんな感動で涙を流して いやオリンピックやって本当やっぱ良かったよね っていう雰囲気になってるのかもしれない 可能性はゼロじゃないから どうせやるのはいやそのぐらい言ってほしいですかね そしたらまあ後から振り返った時に 僕らがその前のタイミングでどういう感じだったかっていうのを 残してそれを後から聞くと なんか意味があるかなっていう気がしますけど なんかこう逆張りしたい気持ちというか こうなったら自分からワクワクしに行くかみたいな あー逆にね ちょっとなくはないですけど いや実際選手はどんな気持ちなのかなって思うと 結構切ない 切ないですね ですよね 自分が選手だったらどうだろう ちょっと想像できないけど いやしんどすぎると思いますね そもそも1年延期になって 1年経ったら状況が良くなってるかなと思ったら もっと悲惨な感じになってて なんかね あんまりこう歓迎されてない感じだし いやーどうしたら良かったんですかね この雰囲気でなおかつオリンピックのことを非難というか 否定的な見方をしていると 結局それも流されているだけのなんじゃないかっていう気もして 流されているんじゃないかと思い始めると 流されてなかったらどうだったんだろうっていうのを想像したくなるんですけど 流されていなくても同じだったかもしれないけど そこがもはやもう分からないぐらい強い流れができてしまっているから 自分の気持ちすら分からないっていうか みんなも自分の気持ち分かってそんな風に思っているのかっていうのも 疑わしくなっちゃうんですよ そうですね 自分がオリンピックに対してどういう風に思っているかっていうことを 表に出すっていうことがすごく政治的な行為になってる だからその周囲との関係性とか すごい大げさな言い方をすると社会でのポジショニングみたいな 全然大げさじゃなくてそうなっちゃってますよね 変わってくるから いやオリンピック楽しみだなって発言することが ものすごい政治的な行為になってる ほんとそうですよね 逆にオリンピックなんてやめたらいいのにということも 政治的な行為になってるじゃないですか まあどっちかというと無難な方になってますよねむしろ 政治的に無難な発言がそっちになってる いやーなんかだからこうであるにも関わらず政治的であるっていうことを 政治的だと思うことも政治的っていうかなっていうのかな でもオリンピックっていう存在そのものが政治的なイベントではありますから なんか元々の姿を表したみたいな感じはしますよね そうかもしれないですね 政治的じゃないオリンピックみたいなものってできないのかな やっぱその 無理か 一番最初にやってた全裸でギリシャに集まってやるやつ そうですね それは政治的じゃなかったか そこで全裸になることも今となってはもう完全に政治的な行為ですよね いやーなんかそのこう結局オリンピックについて何を考えたとしても それが自分なり周りなりに嘘をついてるような気がしてならない感じがすごくこう自分にとっては嫌な状況ですね それについて話すときに常に周りへの配慮とかそれを話すことがどういう意味を持つのかっていうことを気にしないといけない 多分そういう感覚の人結構いると思うんで だからこそやけになっている人が多いんじゃないかなとはちょっと想像してるんですけど そこからその気持ちから あの人は公演をやったからダメなんじゃないかって言ってどんどん下ろしていくっていう連鎖が 結構そういう個人的なモヤモヤみたいなものをみんながそれぞれ持っていることが 全体的な流れに影響して連鎖しているような気がするっていう気がしますね 渦めいとるの うーん何なんですかね まあこれだけいろんなことが起こってしまった以上 なんかそうなってしまうのもしょうがないような気がしますね なんかしょうがないけどどうしたらよかったのかな いやなんかなーでもこれなんかあんま人のせいにするのもそういうのも良くないしな 人のせいでもないのかもしれないけど なんか一箇所に集まってでかいイベントをやるっていうこと自体が 時代としてそぐってないというかような気もします みんながそこに集まって注目するみたいなのが まあ求めてる節はあるとは思うんですけどね まああの自分的には求めているな求めてたなと思ったのはやっぱウェブメディアびっくりセールみたいな なんか集まり得なかった人が集まってそれで ウェブメディアびっくりセールってデイリーポータルZの主催の 全然何の説明もなく出てきてた あのえっとなんだろう まあ名前的にはデイリーっぽい感じではあるんですけど まあ実際デイリーの周りのライターさんだったり それが好きな人だったり 関係のある人たちが出展をして販売するというイベントなんですね まあデイリーだけじゃなくてウェブメディアをやってる人がたくさん集まってきてっていう感じですね 僕の中ではもう完全にデイリーのイベントになって 主催がデイリーだからっていうのもあるけど でそれでもうウェブでしか見たことないようなチームがステッカーとか作って配ってたりすると もうコミケの高揚感とかと近いとは思うんですけど インターネットにいた人だみたいな 集まることが不可能だった人が集まれるようになったっていう側面があってすごい嬉しい っていうのは結構大方のイベントではそういうのあると思うんですけど そうですね 好きな音楽だったら好きなアーティストがいて その共通のその人が好きなんだよっていう人が 必ずしもいるとは限らないからライブに行ったらみんな ここにいると全員ファンなのかもしれないなと思うっていうのは結構すごい そう思うとすごいですね 結構すごいと思うんですけど 逆に言うとオリンピックとかはそういう枠ではない集め方だから なんか政治的になっちゃうのかな ヤンヤン でもやっぱり行く人は例えばラグビーだったらラグビーがめっちゃ好きで そうですよね基本 これ目当てできたんだっていう人がすごい集まってくるのかな ヤンヤン やっぱ時代集まるっていう行為自体は確かに そう だんだん合わなくなってはきてるけど この時代だからこそできる集まり方も まあきっとあるんだろうなと信じたいんですけど ヤンヤン でも無観客ですからね ヤンヤン そうなんですよね 本当に無観客なんでしたっけ なんかまたコロコロ変わりそうで ヤンヤン 無観客確かそうですよ 運営も全部なしやったはずです ヤンヤン 本当に2点3点するから今の情報だけで本当にそうなるかどうかってなんか怪しいなと思いながら見てますけど ヤンヤン そうですねまあその開会式前日でこのあやふや具合っていうのもやっぱ覚えておきたい ヤンヤン そうですね ヤンヤン ところですね ヤンヤン 開会式の音楽が3日前に使えなくなるという意地を今発生してますから ヤンヤン ここ数年ずっとあやふやだったけどここ1週間ぐらいでもう輪をかけてあやふや度合いが ヤンヤン そうですね ヤンヤン 木刀みたいになるんですかねなんか3分ぐらいの音楽がなしになったんですよね ヤンヤン そうだったっけ3,4分ぐらいなしになったのかな ヤンヤン 詰めるのか木刀するかどっちかですよね ヤンヤン コーネリアスの話しちゃいます? ヤンヤン 何か気が重いけどちょっとしましょうか ヤンヤン 僕もね気が重い話ですけどね ヤンヤン 個人的な話をしないと意味がないと思うんで個人的な話をすると ヤンヤン そうですね ヤンヤン もともと中学校とか高校ぐらいの時からコーネリアス僕はすごい好きだったんですよね ヤンヤン 僕も同じような感じですね ヤンヤン 何だろうこう ヤンヤン フリッパーズギターはそこまで興味なかったんですけど ヤンヤン コーネリアスの音楽はすごくなんだろう音楽というもの自体を脱構築してるというか ヤンヤン バラバラにしてそれを並べてみるその並べ方を変えてみるみたいな感覚というか ヤンヤン 音に対してプリミティブに取り組んでるというか ヤンヤン しかもそれがすごくいいものになっているところがまた ヤンヤン っていうのがあってすごく独特だし独自だしすごくいいアーティストだなと思って聞いてて それで調べていくにつれて出てきますよねいじめ問題の記事が 絶対コーネリアスが好きな人はその情報に触れてると思うんですけど ヤンヤン そうですね ヤンヤン いやー見ると多分ショック受けますよね ヤンヤン 当時でも僕見た時にどう思ってたかなというと そのwikipediaとかで見てたらそういう記事出てきて なんだろうこうふーんって思ったぐらいなのかなっていう気がしてきて ヤンヤン 最初からそこら辺は割とドライに見ていった感じ ヤンヤン なんかなんだろうなでももしかすると ヤンヤン 多分ねそのコーネリアス好きな人っていうのは その音楽とその人の人格をどう分離するかっていう問題に ぶち当たり続けてる人というか ヤンヤン そうだそういう人は多いでしょうね ヤンヤン まあその情報を見た時に そのコーネリアスっていうか小山田敬吾っていう人間の人格は最悪だけど 音楽はめちゃめちゃいいという風に分離して捉えることができるかどうか ヤンヤン 確かに知り合いでもコーネリアスの音楽性と人格を 逆に分けて考えることができないと思うって言って 嫌いになっている人も見たことあります 分離できなければ嫌いになるしかもしかしたら道がないのかもしれない ヤンヤン 最悪だもんって ヤンヤン ですよね ヤンヤン でそれはその分離したと思い込んでるだけかもしれないし 例えばそのアイドルとかだともうその人の人格っていうものと 作品が絶対に分けきれないじゃないですか 人格というかキャラクターですかね 少なくとも表に出るキャラクターとして ヤンヤン そういう意味ではコーネリアスない小山田敬吾のために分けている 分け得るという理屈を導入しているってことになってしまう ヤンヤン その音楽のことは好きだけど その人本人の人格はどうやら最悪っていう情報を明示した時に ヤンヤン いやでも音楽とその人は別だしという矛盾を解消するために 自分で分けることができたつもりになっていたのかもしれないっていう感覚に最近なってて ヤンヤン いやーなんか 2つ思い出すのが 1つはアインシュタインはすごかったけどし生活はめちゃくちゃだったみたいな話だったりとか ヤンヤン あと朝原翔子を信じている人のインタビュー聞いたことがあって ヤンヤン 朝原翔子はなんか最悪な人間だとしても ヤンヤン 私を救えるのはあの人しかいないみたいな言い方をしている人がいて ヤンヤン 朝原翔子の人格だったりやっていることをいくら非難しても ヤンヤン 信仰心っていうのはそれに分離することが可能なんだなっていう ヤンヤン 可能だからこそ難しいというか信じてしまうっていうか それが間違ってたかどうかっていうのも ガイアからはちょっと何も言いづらいですけど ヤンヤン 信仰ということ ヤンヤン そうですね ヤンヤン それもその矛盾した状況が自分にそういう風なルールを打ち立てさせたっていう ヤンヤン のかもしれないですし ヤンヤン 一応あのなんか僕がちょっと変に肯定したようなに捉えられて炎上したら怖いので言っておくと ヤンヤン 僕の立場としてはやっぱり分離は ヤンヤン 近似としてはある程度できるとは思っていて ヤンヤン 行為としてやってはいけないことがあるのは当然だと思うけど ヤンヤン 信仰というのはそれとは分離して考えるべきだと思っているので ヤンヤン 行為に関して良い悪いを言うことはできても ヤンヤン 信仰に対して良い悪いは言っちゃいけないっていうのは ヤンヤン 元々そういう憲法か何かでもそういうこと言ってましたよね ヤンヤン 四相心情の ヤンヤン 詳しくはないけど僕もそうだなと思っているので だから信仰に関して悪いかどうかは言及しなくていいと思ってます っていうちょっと言い訳がましい ヤンヤン エクスキューズが ヤンヤン めっちゃセンシティブなテーマだから ヤンヤン そうですね そういう意味では結構信仰の問題とすごく似ているのかなっていう気はしますけど ヤンヤン でもコーネリアスについてはね コーネリアスが好きな人の話を聞きたいですね僕は ヤンヤン そうですね ヤンヤン その時どう思ったかっていう 今の状況に対してどう思っているのかっていうのを クローズドな場でちゃんと聞きたいですね ヤンヤン そうですね ヤンヤン でももしかしたら結構塞いじゃっている人もいるとは思うんですよ 考えないようにしているというか ヤンヤン 一個もう一個思い出したのが ジャニーズの結構コアなファンがいて その人がジャニーさんのことどう思っているんだろうと思って ヤンヤン ジャニー北側 ヤンヤン どう思ってますか 僕は詳しくはないんですけど ちょっとこう 人格だったりとかやり方については ヤンヤン あんまり良くない噂は聞いたことは ヤンヤン よくない噂は聞きますよね それで聞いてみたら 考えたこともないって言ったんですよ ヤンヤン へーすごいですね ヤンヤン これはめっちゃ考えてるなと思ったんですよ 考えないようにしているんだなっていう気がして そうじゃないかもしれないけど だって即答で考えたこともないって 考えたこともないことに対して言わないですよね ヤンヤン 確かに ヤンヤン それで そんな親しい人でもなかったので それ以上聞かなかったんですけど 戦いがここにもあるなと思って ヤンヤン その人の中のね 矛盾との戦いというか ヤンヤン そうですね なんかそんなことがいろんな分野にあるんでしょうね ヤンヤン その矛盾を解消するために その人がどういうふうにするかっていうのは 結構分かれるところで そこで嫌いになる人もいたり そこで新しい論理を自分の中で作る人がいたり ヤンヤン そうですね 人間って柔軟ですよね 作っちゃうんだから そこで 矛盾っていうかジレンマっていう ジレンマは言葉があるから発生しているっていう側面はちょっとあると思うんですけど 最悪な人だけど作品はいいっていう言葉が存在しなかったら そもそもジレンマにならないような気がするっていうか ヤンヤン 最悪だけどっていう言葉を入れちゃったりとか いいと悪いっていう言葉をなんていうか作っちゃうと 何度いいものはいい素地があっていい作り方があっていいものになるっていう理屈が多分 なんとなく裏にあって ヤンヤン なんとなくそんな感じがしますよね いい人がいい作品を作るということに対して何も疑問は思わないですよね ヤンヤン そのぼんやりと ヤンヤン 実はあんまり根拠のないことを信じていたことを そうじゃない例を目にした時に初めて自分そう思ってたんだって気づいて そこで初めてジレンマになるというか なんかある意味自分を見つめ直させてくれる鏡のようなものなんですけど そこに対してどう思うかっていうのはコーネリアスに対してどう思うかっていうことよりも 自分の中で発生したジレンマをどう解決しているかっていう 個人個人のテクニックだったりスタイルの大きくっていうことに等しいのかもしれないですね ヤンヤン 何だろうな ヤンヤン いやー考えたことないわすごい なんていうか切れ味が良かったな ヤンヤン 鍛え上げられた答えですよね ヤンヤン それも一つのやり方だし 考えることで幸せになれるとは僕は全く思ってないので なんて全く思ってないわけで考えなくていいとはちょっと違うんだけど 矛盾なりジレンマがあってそれを考えることによって解決できるかっていうと いっぱい考えた結果考えても解決できないっていう風に今思ってるんですけど 言葉で考えば考えるほどやっぱりだんだん本音から遠くなっていくし 感覚からのズレに気づきにくくなってくるし ヤンヤン だんだん自分を許せなくなってくるというか 測れば測るほど図面がおかしいことに気づくっていうか それよりはもう測るのをやめて立っているものをある側を受け入れるというか ヤンヤン 鉄砲しそうですね ヤンヤン 本当の鉄砲はちゃんと測るんでしょうけど 人間に関しては 測るときにはね ヤンヤン 歪んでるから石を挟んで直すっていう もう素朴なやり方しかなんか 本当は残されてないなっていうか 変な例えですけど ヤンヤン いやー案の定落ち込んじゃいましたね ヤンヤン そうですね こんな回があっていいんですかね ヤンヤン いやーいいんじゃないですか 後から聞き返すと ヤンヤン そうですね 42回 42というのは僕はリスペクトしている数字ではあるので 銀河ヒッチハイクガイドっていう映画があって ヤンヤン 全ての答えですね42は 宇宙人生すべての答えっていうのが 42って回答が出てくるところから 物語が始まうんですけど ヤンヤン 生命宇宙そして万物についての 究極の疑問の答えですね ヤンヤン 正確にはそういう ヤンヤン 正確には ヤンヤン それが42って急に言われて 戸惑うシーンから始まるというか ヤンヤン 印象的なシーンですよね ヤンヤン 結局 スーパーコンピューターみたいなのを作って答えを導くと そういう答えが出てきて戸惑うんだけど あなた方は答えを聞いてきたけど 問いがちゃんと立てられていないみたいなことを確か言って 問いを立てるとはどういうことかみたいな話をし始めるんですけど ヤンヤン その詳しいことは映画で見てもらうとして 出てくるロボットがすごいいい雰囲気の中 常に落ち込んでるロボットが出てくるんですよね ヤンヤン マーヴィンですね ヤンヤン マーヴィンか ヤンヤン うつ病のロボット ヤンヤン ほんとこうもううつ病な こうしょんぼりした顔をずっとしていて しょんぼりしたことしか言わないんですけど しょんぼりしていること自体が悪いことじゃないんですよ 悪いこととして捉えられてないっていうか映画の中で よくあるパターンだとしょんぼりしている人が元気になって ハッピーエンドになる話はたくさんあると思うんですけど 例えばディズニーのインサイドアウトっていう映画は 感情がキャラクター化されていて喜びちゃんとか悲しみちゃんとかがいるんですけど 悲しみちゃんが最後喜んで終わるんですね ヤンヤン もやっとしますね そう悲しみちゃんは悲しんだままで肯定されるのではなく 悲しみちゃんが喜ぶことで終わるんですよざっくり言うと それは解釈の仕方にもよると思うんですけど 僕はやっぱり悲しみちゃんが喜んで終わるのは悲しみちゃんを 悲しみちゃんを肯定はできてないなぁと ヒッチハイクガイドではしょんぼりしたまま終わっているので しょんぼりするということをきちんと尊重しているなっていう気はして しょんぼりしたままでできて ヒッチハイクガイドではしょんぼりしたまま主人公のピンチを救って ヒッチハイクガイドそうなんですよね しょんぼりしたアンバーエンディングを迎えますね ヒッチハイクガイドそこが非常にこうなんだろう ちゃんと考えられている感じがして好きだったりするんですけど だから今回の回二人ともちょっとしょんぼりしているんですけど しょんぼりしているのが悪いことだとは 僕は思わないぞっていうことを最後にエクスキューズして 保管だよね42回のシメートして っていうね はい ちょっとむっちゃでしたかね これは後から聞いて ああこうだったねという風になりたいですね そうですね まあこう いややっぱりいいや はい 何 一応言っとく いやなんかこう まあその その人と会って話すっていうことが全然できない時代になってるので インターネット越しに何かツイッターでツイートするとかっていうのが 自分の思ってることを伝える唯一の方法みたいな感じになってて それはその世界に対する発表というか発信になってしまうんだけど でもそうじゃなくてもっとこう クローズドなコミュニケーションの中で本当はその時どう思ってたかみたいなことを話せるっていうタイミングが もっとたくさんあった方がいいよなというのを思いますね なんかそこにクッションがないと地獄みたいになっちゃうんで そうですね イメージキャストでは皆さんの感想をモチベーションにして配信を継続しています 感想要望はハッシュタグイメージキャストをつけてツイート 質問はイメージクラブのアカウントの質問箱または キャストアットマークイメージドットクラブまでお寄せください それではまた来週さよなら さよなら